DIARY
涙壷
数年前にトルコを旅した折に、イスタンブールの骨董品店にて美しいローマングラスに出逢いました。
それは、古代ローマ時代に、戦場に赴いた夫を想って妻が流した涙をためておくためのものだったそうで、涙壷と言います。
夫が戦場から戻ってきたあかつきには、その涙壷を割って無事を祝うのだそうで、現在のようにテレビもインターネットも、携帯電話もなかった時代に、生きているかどうかもわからぬまま、愛する人の帰りをただひたすらに待つ妻の胸中に思いを馳せ、切ない気持ちになったことを覚えています。
トルコでは、涙壷の国外持ち出しは禁止されており、写真に掲載の繊細なお品は、「和久傳」の桑村祐子さんと「昴-KYOTO-」の永松仁美さんより賜ったものです。
今もなお、多くの方々が古代ローマの女性たちのように心穏やかならぬ日々を過ごしていらっしゃることでしょう。
2011年の「猟銃」の初演の折に、「演じることに自らの魂を捧げることが苦痛だ。できることなら舞台に上がりたくない」と弱音を漏らしたところ、身体の至る所にタトゥーを刻んだ、カナダ人の若きスタッフに、「観客に日常からのエスケープの時間を提供するのが君の仕事でしょ、そんなこと言わずに頑張って!」と慰められたことがありました。
いつもは仏頂面で、覇気のない彼が発した意外な言葉に驚かされ、演じることの意味を改めて教えられたのでした。
あの時も、日本中を震撼させる出来事が起こった年でした。
皆様の大切な方がどうぞご無事でありますように。